2012年2月1日水曜日

平和の日


昨日(1月30日)は、こちらで一般に言う平和の日でし
た。

一言に「平和の日」と言っても、色々とあるのをご存知ですか?

●World day of Peace:1月1日。ローマカトリック教会が「平和」に捧げる祝日。基本的には、ローマ法王が毎年、教会に対して、権威ある宣言(抱負/テーマ)をする日でもあります。
ちなみに2012年に出されたテーマは、Educar os jovens para a Justiça e para a Paz「正義と平和の為に若者を教育する」(ベント十六世法王)です。


●国際平和デー(International Peace day, World Peace day):9月21日。一般的に世界中で祝う平和の日です。上と同じく「平和」に捧げられた日で、主に戦争をなくそう、という願いが込められています。
この日には、NY国連にある、Peace Bellがならされます。この鐘は、(アフリカ大陸以外)全ての国の子供たちから寄付されたコインが融かし込まれおり、なんと日本の国会から寄贈されたものなのです。


●そして、昨日は、「学校の非暴力と平和の日」でした。
日本語にすると、訳の分からん事になるので、一応英語でも書いておくと、こういう風になります。

The School Day of Non-violence and Peace ( DENIP: Dia Escolar de la No-violència i la Pau - カタラン・マヨルカ語)

スペインはマヨルカの詩人Llorenzo Vidal Vidalによって、1964に設立された遵守です。
「普遍的な愛は利己主義よりも優れており、非暴力は暴力よりもましで、平和は戦争よりも良い」というのがスローガンです。

幼稚教育の分野(幼稚園や保育園)で祝うようになりました。
うちのきりんタンもこの日の為に、ハトを飾り付ける宿題が出ました(写真矢印の鳩)。
それが、平和を象徴する白い鳩であるべきものが、なんだか毒々しい感じに!
他のクラスメートの鳩は、本物の羽根がついていたり、綿が貼付けてあったりと、とても奇麗に出来ています。
これでは、いかに私とモモがいいかげんかが、バレバレだわ〜。


なお、この日がなぜ1月30日になったのかと言うと、この日はマハトマ・ガンジーが暗殺された日なのです。平和最大の武器である、非暴力と不服従を提唱した彼にちなんだ日を選ぶなんて、ピッタリ思いませんか。

2012年1月30日月曜日

Bolo Rei - 王のケーキ


Bolo Rei の説明をすると書いた事をすっかり忘れていました。
もう二月間近ですが、約束通り、説明しておきます。


クリスマスからDia do Rei の時期になくてはならないのが、Bolo Rei(王のケーキ)。
この「王のケーキ」は、東方の三賢者の幼子イエスへの贈り物を象徴するものなのですが、王冠のごとき、ドーナツ型になっており、上の砂糖漬けフルーツは宝石のようです。
なお、ケーキの生地は金、ドライフルーツは没薬、ケーキの甘い香りはお香と、賢者の贈り物を表しているそうです。
実は、中には空豆が隠されており、それに当たった人は、願い事がかなえられる、あるいは、その場の食事をおごらねばならないという伝統があります。

昔は、貴金属も隠されており、それに当たった人は、その日は'王'になる事が許され、次のクリスマスには、この「王のケーキ」を用意する義務があったのですが、貴金属を喉に詰まらせる危険性から、欧州で禁止令が出、今では、空豆だけの習慣が残っています。


では、なぜ空豆を隠すようになったのでしょう。
東方の三賢者は、キリストの誕生を告げるベツレヘムの星を見た時、彼等の中で誰が贈り物を最初に捧げるという名誉を得られるか議論します。ですが、なかなか合意に達する事が出来ないでいました。あるパン職人がそれを見、空豆を隠したケーキを賢者達に差し出し、順番に一切れづつ取って食べるように言いました。そして、空豆が入った一切れを取った者が最初にイエスに贈り物を捧げるよう提案したのが、この習慣の始まりのようです。

これは伝説であって、歴史的には空豆には別の理由があるそうなのですが、今回は、Dia do Rei(王の日)にちなんで、多くの人の間で語られ続けている伝説のみにとどめておきましょう。

2012年1月16日月曜日

美術修復家として

グっと地球便!という番組で、ドキュメントされました。
ポルトガルの美術修復家として、私の日常や仕事風景が流れたのです。

当番組は、関西地区の読売テレビ局からのものなのですが、関東でも一部放送された地域もあるそうです。
まぁ、私もそうですが、海外にいる人には、見られないかしら?!

撮影されていた時は、何も考えずに質問に対してペラペラ話していたのですが、今思うと、せっかくなので、しっかりと考えながら話せば良かったなと、少々後悔しています。こうして、冷静になってみると、伝えたい事も沢山あった・・・。

どのように仕上がったのか、興味はありますが、正直観るのが怖かったりして。
そのうちDVDが送られてくるでしょう。
複雑・・・。

2012年1月6日金曜日

Dia do Rei





1月6日は、Epiphanyです。日本語では、公現祭(こうげんさい)と、聞き慣れない言葉ですが、要は、幼子イエス・キリストへの東方の三賢者の訪問と礼拝を記念する日です。
こちらでは、一般的にDia do Rei (王の日)と言います。

カトリック教会で、この日を休日と義務づける必要がなくなり、ポルトガルでは普通の日と変わりないのですが、一応祝う習慣は残っているみたいです。保育園に子供たちを迎えに行くと、それぞれちゃんとBolo Rei (王のケーキ:後日説明します)を手に、冠をかぶって出てきました。


スペインでは、El Dia de los Reyes(王達の日)で、この日は祭日。ヨーロッパ、アラブ、アフリカを代表する賢者達がそれぞれ馬、らくだ、象に乗って町中をパレードします。子供たちは、磨き上げた靴を玄関に並べ、翌朝その下に置かれる贈り物を楽しみにするのです。グローバル化が進むにつれ、他の諸国と同じようにクリスマス習慣へ移行しつつあるものの、両方祝う(プレゼントも二回)家庭も未だにあるそうです。

うちは、モモのお父さんがスペイン人なので、この日には孫達をつれて、お出かけするのが恒例になっており、今年からあまり手がかからなくなった、きりんタンも連れて行ってもらえるようになりました。
途中から、私たちもシャチ君を連れて合流し、みんなで海へ行き、日が沈むまで遊びました。

保育園のクリスマス会で、東方の王の一人を演じたきりんタンに、3人の王様の話しをしたけれど、分かったかしら。まだまだ賢者とは、ほど遠い存在です。
どうぞ、今年もよろしく。

2011年12月25日日曜日

Merry Christmas





Hope you are all well.
There is a Japanese tradition that happy greetings (New Year's greetings) shall not be sent out during mourning period.
Unfortunately, my grandmother passed away this Autumn...
Due to the tradition mentioned above, I've decided to go Western this year and am sending you all a BIG merry Christmas!!!

The picture of the children in the card was taken during their bubble bath.
They love bathing and being butt naked!
Now we have two native kids running around the house!!

Lots of love to you all,

Meg, Will (Guillermo), Kirin-Lyra and Zayin-Shachi



みな様、ごきげんよう。
この秋、祖母が永眠し、年始の挨拶を失礼させて頂くべきなのですが、それでは西洋的に行こうと、クリスマスカードを送ることにしました!
子供たちの写真は、だーーーい好きなお風呂で撮ったものです。お風呂用バブルが丁度サンタのあご髭のようだったので、アイディアをとりました。
「お風呂!」の一声で、二人とも競争で裸になり、お湯の中へ飛び込みます。
シャチ君はまだ一人では服を脱げないので、「急いで!」と足をバタバタさせ、きりんちゃんは上から奇麗に、まるで脱皮したかのように洋服が残ります。
暴れん坊が二人もいて、賑やかな我が家ですが、これからも益々元気に過ごして行きたいと思います。

皆様、メリークリスマス!!
来年もどうぞ宜しくお願い致します!


めぐみ、モモ、希凛リラ、嵯寅シャチ

2011年11月11日金曜日

Jeropina を飲みながら

<2011年11月>

秋。それは栗、南京の時期である。

ポルトガルでは、焼き栗をこうして道で売っている。かつて日本にも良くあった石焼芋屋さんのようで懐かしい。
こちらでは、11月11日のSt. Martinho の日では、焼き栗を食べる習慣がある。
子供たちも切り込みを入れた栗を保育園に持って行き、皆で焼いて食べたらしい。

時期は少々ズレるが、秋は南京の収穫もある。我が家のちっぽけな畑でも、巨大かぼちゃを3つ収穫することが出来た。
近所の畑では、既に収穫されたかぼちゃたちが山積みになっている。この辺りでは、屋根の上とかにも並べられ、ゆっくりと冬を待つのである。そしてクリスマスには、このかぼちゃを使ったデザートが用意されるらしい。
・・・美味しそうに聞こえるかもしれないが、ポルトガルのカボチャは、実に水分が多く、旨くない。庭で取れたかぼちゃを調理する度に、日本のホクホクとしたかぼちゃが懐かしくなるのだ。
まずくとも、この国でもカボチャは、人気者で、こうしてトラックに積まれ、山のクネクネ道を市場へと運ばれて行くのである。

2011年11月4日金曜日

Serendipity

日本での夏休みから戻った約一週間後、家族から祖母の訃報が届く。

日本を発つ前、年老いて弱った祖母の手を取り、心の中で別れを告げた。そしてきっと再び会う事はないだろうと、覚悟しながらゆっくりと彼女のそばを離れたのだが、こんなにもあっけなく逝ってしまうとは。

数日後、子供たちを車に乗せ、家を出た。いつもと変わらぬ朝。
但し、いつもと違う事がその数分後に起きた。
隣村の古い家に住むよぼよぼなおばあちゃんが、道路にのり出して手を振っているのである。
ただ事ではないと予感し、急いで車を止め、事情を聞くと、なんてことない、ただのヒッチハイクであった。

彼女の行き先はエリセイラだったのだが、子供たちの保育園がある村まででも良いと言うので、乗ってもらう。
私の前に5台も車が通り過ぎていっただの、愚痴やら何気ない会話を交わし、保育園のある村に着いたのに、降りる気配なし。
結局、保育園で子供たちを降ろした時も、車の中で待っており、
「ここでいいわ。こっちの道を行けば、あなたの職場の方向でしょう」と言った場所が、既にエリセイラから車で2分もかからない場所だったのもあり、最後まで送る事にした。

「いやぁ、どうもありがとう。フルーツでも欲しいか?」と重そうな荷物に手を差し伸べるので、お断りし、お別れをした。
「それでは、おばあちゃん、さようなら」

その時、ふと気づいたのだが、この日は、祖母の告別式であった。
彼女の死に対して、虫の知らせもなく寂しく思っていたのだが、こうして世は、ちゃんと私に大好きなおばあちゃんとのお別れのチャンスを与えてくれたのだ。

年老いたおばあちゃんが、ゆっくりと去って行くのをバックミラーで確認しながら、目頭が熱くなるのを感じた。

Serendipity

About a week after I returned from my trip to Japan, I received an unfortunate message about my grandma's death.
I have expected it and was ready for this moment to come after witnessing her shrunken body and with no consciousness. However, I also did not think she will pass away in less than a week after I grasped her hands farewell.

One ordinary day, left home with the kids driving them to school. Except this time things turned out a little different.
An old lady from next village was waving her arms at the side of the road. I quickly stopped the car and asked if something had happened to her but it turned out that she was just hitch-hiking.

I decided to give her a ride to the village where my children's school is located although she didn't seem to get off even when we got there. After all, she came with us to the school, waited in the car while I took the children to their classes and told me I should continue driving towards Ericeira which was her destination.
She finally told me to stop the car just a few hundred metres from Ericeira that she would walk there, so I decided to drive her all the way.
The old lady was really thankful and offered me some fruit from her heavy looking bag.
I told her I didn't need any fruit and told her it was a pleasure to have her.
"Good bye" said I as I drove off.
Just then I realized that it was my grandma's funeral day.

Life works in a funny way. Even though I live far from my grandma's home, an explainable power gave me an opportunity to say good-bye to my loving grandma.

I was moved to tears as the old lady slowly disappeared from the rear mirror...